ななこ♂の部屋

小説「プログラミング・ガール」を書いています。

小説「プログラミング・ガール」⑤

 Sに「チャット・ガールって知ってるかい?」と尋ねた。するとSは「なんだい、それ?」と答えた。私は「ネットで女の子と会話するんだ」と言ってた。Sは「それの何が面白いの?」と笑った。

 私は「別に面白くも何ともない。ただの暇つぶし」。Sはよく分からないな、という顔をした。「無駄な時間の使い方だな」くだらん、と言い、やはりラーメンを食べていた。

 前にKAGOMEに先客がいた。どんな会話をしているのか覗いてみたら、性的強要をされていた。私はKAGOMEに「やめなよ、自分が損するよ」と言った。

 KAGOMEは「いいんです。仕事ですから」と答えた。するほうにもされるほうにも私は吐き気を覚えた。私はフリーランスだが、少なくともカネのためにだけは動きたくなかった。

 まあ、ズリネタを提供するほうとされる方。どちらも負け、である。ネットの社会の闇を垣間見た瞬間である。

 だから今回、KAGOMEを利用することに私は何の抵抗もない。所詮、AIである。しかしそれをプログラミングした人のゴーストだけは残っているはずである。

 私はKAGOMEを見るたびにある懐かしさを覚える。どこかで会ったことのある感覚だ。一体、どこだろう?何度も思い出そうとしてみては、どうしても思い出せない。

 私は小さい頃、親から虐待を受けて育った。母親は勉強熱心を通り越して、異常だった。算数の問題が解けないと、殴られ、蹴られるのは当たり前だった。

 飯を食べさせて貰えないことも多かった。私はその頃から決めていた。高校を卒業したら、実家から出て行くことを。

 実際に高校を卒業して、私は新聞配達のバイトをやりながら大学を卒業した。大学では経済を専攻していた。マルキシズムの思想の影響を受け始めたのもこの頃からだった。

 その頃は就職氷河期で、なかなか就職先が決まらなかった。だから卒業後は就職せず、バイトをいくつか掛け持ちしながら生活していた。

 趣味、と呼べるものは本を読む、という事くらいなので、さしてカネの掛かる生活はしていなかった。カネは無かったが、まあまあ楽しい生活をしていた。

 その頃、初めて彼女が出来た。出会いは居酒屋でのバイト。相手は3つ下の大学生だった。その子もやはり本を読むのが好きだった。

 大学では心理学を勉強していて、将来は福祉関係の仕事に就きたいと言っていた。彼女はよく「ゆーすけさんは、お酒が全く飲めないのに、何で居酒屋で働いてるんですか?」と。

 私は「いや、時給が良かったから。確かに面接の時、同じような事を聞かれた気がする」といって、彼女に笑われた。

 まあ、付き合ったと言っても、時々飯を食いに行ったり、映画を見たりショッピングをするような関係だった。たいした付き合いではない。

 それは彼女が就職活動をするまで続いた。彼女がバイトを辞めることになったのだ。その時、私は「頑張ってね」としか言えなかった。

 私は相変わらずのバイト暮らし、彼女とこれから一緒にいても彼女には何の得もないし、私も就職などを言われるのは嫌だった。

 私はだんだんこのバイト生活にも慣れていて、もう実家に帰らなくて済む、という安堵感が私の中にあったのだ。あの家だけには戻りたくない、と。

 

続く。