ななこ♂の部屋

小説「プログラミング・ガール」を書いています。

精神科医との対話。

 相手のご機嫌を伺うのもいささか疲れた。無理をしていた。私は「日常は平穏に。文章は過激に」というスタンスなので、まあケンカが絶えない(笑)。

 忖度はしない。客観的意見を述べてるに過ぎない。それが私のスタンスであり、世の中はテンプレートな言葉で溢れているので。

 基本的に私は人を嫌う、ということがない。嫌いな人も含めて好きなのだ。それは論理的整合性は存在する。つまり、「語る」ということで。

 基本的に平和主義なので、争うことを好まないが。時には自分の尊厳を守るためには戦わせてもらう。徹底的に。

 人を憎む、ということも私には無い。そもそもそんなに他人に期待していない。結局は人に裏切られたとしても、それは自己責任に範疇だと認識している。

 負の感情を持つほど、私はヒマではない。そのエネルギーは前向きなものへと昇華したい。それは思い上がり、と言うべきものだ。

 真のコミュニケーションとはそういうものであり、痛みを伴わない筈はない。甘い砂糖でコーティングされた言葉を使う気はない。

 傷ついて、ボロボロになって残ったものがあるとするならば、それこそが本来の意味での「言葉」である。まさにそれこそが「思いやり」である。

 ま、こんな事を言うと、また「メンヘラ(笑)扱い」されそうだが、自分の意見を自分の言葉で言うことを否定されるくらいなら、甘んじてそれを受け入れよう(笑)。

 ま、私は言ってる事とやってることがブッちぎれている人は嫌いだ。言いたいことは分かるが、あまりにも都合が良すぎる。と思う。

 一方を得るのに、失うものは確実に存在する。等価交換、と言い替えても良い。その両立は基本的に不可能だ。もし、それが存在するのであれば、それを「愛」と呼ぼう。